ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)
東京 MONOSPINAL
ゲーム制作会社の本社ビル『MONOSPINAL(モノスパイナル)』は、山口誠の設計によるものです。外観を9層の斜壁に囲まれ、外から内側の様子をうかがい知ることはできません。セキュリティ含め、すべての設備をタブレットで一括制御。空へと向かって広がる逆勾配型の斜壁は、高架線路や雑居ビルが密集するまちにおいて、周囲からの音・光・風をコントロールし、クリエイションに集中できる環境を整える役割があります。
聞き手・構成|川村庸子
公文 MONOSPINALは、見るところがいろいろあるんですよね。同じ場所をたくさん撮ってるんですが、そのときごとに意識していることが結構違うんです。例えば、この外壁はカメラのちょっとした左右の振りで見栄えが大きく変わるんですよね。当然、色の質感も時間によって表情が変わる。ちょっと黄色が抜けるとクールになるし、夕方はやはり少し情緒的になりますよね。プリントではその解釈に悩みました。
それだけ外界の影響が建築に現れるということですね。
公文 そうなんです。下から見上げたときに全容は掴めないけれど、インパクトがある。最初はどうやって撮ろうかなと思ったんですが、実際に撮りはじめるとおもしろかったですね。
山口 建物はパネルやガラスなど複数の素材が組み合わさっていますが、公文さんの切り取り方によって、こんなにいろいろな表情があるんだなと驚きました。この建物の見方そのものだなと思います。
公文 「借景―隣り合うマチエール」をはじめる前だったら、こんな風にはならなかったでしょうね。実は最初に撮った写真はこれなんですよ。これを目にした瞬間に電線がかっこいいなと思って。本来なら建築写真において排除したくなってしまう電線がそうやって見えたので、これはもういかようにも撮れるなと思いました。
山口 浅草橋はこういう電線がごちゃっとした場所が多いんですよね。高架線路が目の前にあって、雑多なこのまち特有のイメージが象徴的に現れているなと思います。
公文 MONOSPINALを中心に据えて撮るのではなく、風景として撮ることを試みました。そうしたら、あらためて自然のなかに直線ってないなと思ったんですよ。水平線や人間の体にも直線はないですよね。で、直線のものってなんだろうって考えると、専門的なことはわかりませんが、りんごの落下とか、おそらく重力くらいになると思うんですよ。電線は垂れ下がっていくし、建物の影には揺らぎがある。
山口 確かに、電柱も斜めになっているものが結構ありますよね。
公文 そうなんです。だから、逆に直線しかないMONOSPINALは、曲線が溢れているまちのなかでシンボルになるなと思いましたね。
山口 なるほど。一般的に「シンボル」というとランドマークのように象徴的な存在を想起しますが、今回は内側の様子がわからないから、情報は発していないという意味で静かな印象を受けますね。風景の一部に感じられるといいなと思って設計したので、それがうまくいったかもしれないなと思いました。
公文 初めて見たときは、すごいものが建ってるなと思いましたけどね(笑)。
以前『浜離宮恩賜庭園』を撮影した際に、平屋の日本庭園の背景にビルが森のようにそびえ立っている写真がありましたよね。ビル群の上部にあった看板を隠したことで説明的になりすぎず、建物に抽象性が生まれて、庭園とビルどちらも主体になる写真が生まれていました。あのときの気づきはいまの話に通じると思うのですが、「情報を発しない」というのはどれくらい意図していたのでしょうか?
山口
今回は外観としてはそれが1番重要な部分だったんです。やっぱりその場に風景が立ち現れてこないというのは、何の建物かがわかることが要因じゃないかと。通常オフィスビルは看板に会社名が書かれていることが多いですが、この建物にはそれがないので、オブジェのようで何だかわからない。つまり、意味が消失するんですよね。
それから、単調であるということも重要だなと思います。基本的には下から上まで同じことの繰り返しなんですよね。幹があって枝が分かれて、葉っぱが集まって……という自然の形態と同じ。外壁は細いアルミ板のパネルを重ねていますが、ショットブラストという工法で、表面に小さな鉄球を吹きかけて無数の凹みをつける加工をしているんです。それによって光の反射が少し鈍くなる。表面のマチエールを豊かにするための隠れた工程があって、そうした表情の多様さを発見してくれたように思います。
公文 どこを見てもグラデーションだらけなのは、そういう理由があったんですね。確かに「ああ、マンションだな」って機能に目が行っちゃうと借景としての役割を果たさない。何だかわからないというのは重要かもしれませんね。
山口
ヨーロッパの中世の街並みは同じような建物が並んでいますが、実は病院だったり、ホテルだったりして、建物の外観から機能を定義できないんですよね。それが情報処理をしてしまわず、「ひとつの風景」に見える要因じゃないかなって。もちろん雑多な東京的な風景というものもあると思いますが、落ち着くという意味では、やっぱり建物自体が沈黙するというか、なるべく情報を発しないというのが重要じゃないかなと思いますね。
今回はやっぱり高架線路があって、雑居ビルに取り囲まれているというのが条件として大きかったですね。3階だと文字通り目の前に高架線路が現れて、上下線合わせると平均1.5分おきに電車が通過するんです。
公文 JR浅草橋駅のホームからも建物が見えますもんね。
山口 『桂離宮』に行ったときに、敷地が低い笹垣で囲われていましたよね。内側はかつて天皇のいた守られるべき空間だけれど、竹林があって、笹垣があって、その隣にはもう一般道路が走っている。あのときの風景を参照して、いかに境界をつくらずに外部空間に接続するかを意識しました。境界というか、はっきりと立入禁止区域を設けるのではなく、敷地内と外側の公共空間がゆるやかにつながっているのが気持ちいいなと。なので、塀はつくらず、周りに結界のようなものを張るイメージがありました。正面玄関に近い南東の角には松と石垣を置いて、北東の角には大きな石と竹林を配置しているんです。
山口
一般道路に接続している一番外側はごつごつした石で、その内側は平らなタイルが貼ってある。なので、外側と内側がいきなり接続するのではなく、緩衝地帯のようなものを挟んで、ゆるやかに隣り合わせています。色も少しずつ異なるグレーのグラデーションにして。この建物は免震構造になっていて、大きな地震があっても建物はあまり揺れません。でも建物の周囲は揺れるので、その変移をこの平らなタイルの一番外側の部分が可動して吸収します。普通は、「ここは動きますよ」と可動範囲がわかりやすいように高さや素材を切り替えて強調するのですが、素材のなかに機能を内包しました。機能を突出させることで、これまた「情報」になってしまうと思ったんです。
また、今回大きな建物を大きなモジュールでつくるのではなく、 自然物のつくられ方を模して小さなスケールを集めて大きくしていくことにも挑戦しました。外壁も特注の細いアルミ成型材を現場での手作業で張り揃えているんです。なので、床や壁、植物などそういった細部の集積が写っているとうれしくなりますね。
その考え方でいくと、丸い葉っぱの植物ではいまのようなグラデーションは成り立たないということですね。
山口 そうなんです。植物は、松や笹、ススキ、ハイビャクシンなど、細長い葉っぱのものを選びました。
公文 なるほど。素材に寄った写真は山口さんらしいなと思って撮りました。でも、僕はいろんな要素が入ってきたとしても、山口さんの考えていることがかたちになったらいいなと思っていて。結果的に引きの写真が多いのは、やっぱりまちの様子を感じられるものが好きだからだと思います。
山口 手前にススキがあって、奥に松があるというのは、僕としてはすごくうれしい写真ですね。雑草としてのススキと格式のある松は、日本庭園では一緒に並べないので。
公文 日曜の朝に撮影をしたら、人がちょこちょこ歩いてたんですよね。でも、最終的にセレクトすると人は入ってない方がよかった。人がいるとストーリーが生まれるというか、主役ができてしまう。そうじゃなくて、「こういう人が暮らしてるのかな」という想像力が働くだけで十分。本来は人も含めて風景だけど、このプロジェクトにおいてはちょっと違う気がするんですよね。
山口 これまでの日本庭園の写真に関しても同じことが言えますね。何でだろう。やっぱり情報がありすぎるっていうことなのかな。「人」のイメージは強いから、異なるマチエールを隣り合わせようとするときに、ノイズになってしまうのかもしれませんね。
公文 とはいえ、『大衆ジンギスカン酒場 ラムちゃん』の存在はすごく強いですけどね(笑)。建築家には普通は嫌がられちゃう。
山口 昔だったら僕もそうだったかもしれませんが、いまはむしろ外壁がグレーで合ってるなと思いますね。
公文 壁面のラインも揃っているし、むしろ似てますよね。
山口 どちらか一方を引き立たせるためにもう片方があるわけじゃないんですよね。こうした周りにあるお店や電柱とのあいだに優劣がなくなる状態がいいなと思いますね。
2023年12月27日