ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)

徳島 本楽寺

『本楽寺』は、828(天長5)年に吉野川に面した山の岸壁に創建された真言宗の寺院。吉野川と阿讃(あさん)山脈を借景とした石庭は近年つくられたもので、日本で唯一であろう川を借景とした庭園とされています。ほかに類をみない明快な構成をもった作庭家・齋藤唯一による現代的な日本庭園です。

聞き手・構成|圓谷真唯

山口  これまで撮影を行ったなかで、本楽寺は最も新しい日本庭園です。お寺は平安時代に創建されましたが、昭和後期にもともと建造物があった場所に新たに石庭をつくったそうです。庭園は岸壁のような場所にあって、谷底には吉野川が平行に流れ、川には山の裾野が連なっています。通常は谷地によって、庭園と借景を隔絶するところを、谷だけではなくて、そこに流れる川を用いて隔絶状態を可視化し、川と山を借景として一体にしています。このような状況を、僕はほかで見たことがありません。

川は谷地の上空と同様に隔絶した空白をつくりますが、その空白は川という見えるものでもあるというのは非常に新鮮な構成です。平行に並んでいる白砂の庭園・川・山という、まさに「隣り合うマチエール」のレイヤーを串刺しに見るという、三つの要素のどれもが欠けてはならない関係性を保っています。その関係は借景が見えなくなっても成立する伝統的な借景庭園にはないもので、この場所を知ったときは衝撃的でした。これは現代の借景庭園と言えると思います。

ここは視点場が固定されているようですが、ほかの発見はありましたか?

山口  メインの庭園とは別に見せ場があり、バランスを取れていると魅力的に感じるということを、いくつかの日本庭園で感じています。本楽寺もまさしくそうで、借景庭園の裏側が素晴らしかったです。本楽寺は『仁和寺(にんなじ)』と同じ密教である真言宗ですが、禅宗寺のような抽象性がある庭だと思います。

背後にも回遊式庭園があり、せり立つような岩盤でできている裏山の岩肌を見せながら苔と合わせて巧みに展開しています。木々と苔、滝が凝縮された美しい場所でした。表側の借景庭園、裏側の回遊式庭園、さらに岸壁に建つ本堂の様子は荒々しく、場所ごとに世界観が異なるのは仁和寺でも感じたことでした。

公文  自然な状態だけど、手入れが行き届いた苔で庭が覆われている様子はなかなかでしたよね。またこの場所自体がすべて岩盤で、裏から見ると巨大な岩盤の上に本堂が建っているのがわかります。川が石を穿(うが)つというか、その脇にお寺があるのは迫力がありましたね。台風や崖崩れで傷んだ部分を修繕しつつ庭も広げていて、茶室は新しいものでした。

「借景」と「背景」に明確な違いはあるのでしょうか?

山口  明確な違いはありません。借景を主役にして、その存在を引き立たせるように庭園を構成する。その結果として、庭園は借景を眺めるためにつくられているのが借景庭園であるという研究者もいます。背景の場合は、庭園から見えはしますが、主役は庭園である場合ですね。でもそれは意識の差でもあり、はっきりした区別は難しいと思います。

ところが本楽寺の場合には、吉野川や阿讃山脈がなかったら、庭としての見え方がまったく変わると思います。京都には借景が見えなくなっても成立している日本庭園も多数ありますが、そういうもの比べてもレイヤーの同士がこれほど強く関係しているものは見たことがありません。

そこにたまたまあるように見える、というのが日本庭園の伝統的な借景のあり方であるのに対して、本楽寺の借景は、この地に新たに庭を設置したことによって、明快な関係性をつくり出したことが新しさであり、おもしろさだと思います。

公文  古きよきものを京都で見ることもおもしろいですが、松の手入れから新たな庭をつくることまで、現在にも脈々と試行錯誤が続いていることがすごいですよね。

2021年10月27日