ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)
京都 仁和寺
888年に創建された真言宗の寺院で、大正時代までは皇室出身者が代々住職を務めていました。庭園は書院を挟んで北と南があり、五重塔を借景とした池のある北庭は近代日本庭園の先駆者である庭師・七代目小川治兵衛(植治)によって現在のかたちになりました。南庭の宸殿(しんでん)前に桜と橘が植えてあるのは、『京都御所』の紫宸殿と共通しています。北庭と南庭は国の名勝に指定され、寺院としては世界遺産にも登録されています。
聞き手・構成|圓谷真唯
山口 『仁和寺(にんなじ)』には五重塔が借景となっている北庭があるのですが、行ってみたらちょうど工事中で、ブルーシートで覆われていて借景が見えなかったんですよ。そことは違う地点からも同じ五重塔が見えはするのですが、あまりにも小さくて。公文さんは五重塔が小さく見える場所で、たくさんの松にとても興奮していましたよね。
公文 まず入口の松にやられました。とってもかっこいいんですよ。雨の日で、濡れた緑がしっとりしているのもよかったですね。僕のなかでは、海のように広がる一面の低い松と、雷が落ちたような大きな松、その松の海の向こうに五重塔があるという構図がとてもよかったです。
密度の高い凝縮された小さい庭園と、雄大に広がる庭園とでは見方が違いますよね。広い庭園はどのように楽しむものなのでしょうか?
山口 大名庭園のような広い庭園を当時の人々が本当に歩いていたのかというと、そこはわからないんですよね。例えば『岡山後楽園』は敷地面積がとても大きくて、水田があって芝だけが広がっていますが、そこは歩くということより、隣にある城から遠く眺めるための空虚、空白だったのかもしれません。密度が高い庭園こそ歩いて楽しんでいたものなのでしょう。仁和寺は真言宗、つまり密教です。庭園といっても、貴族の庭園や大名の庭園とも違う雰囲気がありますね。公文さんが気に入っていた海のような松のある入口部分、北庭や南庭では、それぞれの印象がまったく異なっていて、庭に世界が凝縮されているようにも感じられます。仁和寺の庭の場合は、密度は高いけれど、歩き回らずに眺めるための庭だと感じます。
被写体に寄った写真が多いですが、このときは既に「隣り合うマチエール」は意識していたのでしょうか?
公文 もうこの頃は意識していますね。だんだんと細部を写真に収めるようになってきています。それにこの建物自体、連なりや細かい部分の一つひとつがかっこよかったというのもありますね。低い手すりにしても、丸みを帯びた木と四角い木が組み合わさっていて。仁和寺にはこういうぐっとくるディテールがたくさんありました。
山口 この写真には、縁台の木板・縁石・白砂と、よく似たグレートーンで三つの異なる素材が隣り合っている様子が写っています。手すりも領域の内と外を明確に区分せず、隣り合わせて記号になっている。こういう抽象性や調和は、見ていて気持ちがいいですね。
公文 ぐるりと一周したあたりで屋根の連なりが見える地点があるのですが、そこから見える屋根がおもしろかったですね。山口さんに「屋根が灼(や)けている」と言われてよく見てみると、瓦や模様が一つずつ違うことに気づいて。
山口
そもそも屋根のプロポーションが優美ですし、屋根をつくり上げているのは基本的にすべて「木」という同じ素材なのに、複雑なテクスチャーをもった集合体でできています。複雑であることは過剰な印象を与えかねないのですが、屋根のディテールを見ても装飾的には見えないし、むしろとてもシンプルに見える。少しだけかたちを変えたり、同じかたちでも素材や大きさが少しずつ異なっていたりするものが渾然一体となっています。
複雑なのに調和を生み出しているということは、日本文化の特徴と言えると思います。例えば、アイドルグループ『AKB48』の衣装は、メンバーそれぞれの個性に合わせて少しずつ変えてありながらも、一体感を感じさせます。そうやって眺めてみると、AKB48も実は日本文化に連なっていると考えられておもしろいなと。このプロジェクトで得た視点でものを見ると、いまにつながっている日本文化をさまざまな場面で発見できるように思います。
2021年10月27日