ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)
東京 東京 芝 とうふ屋うかい
『東京タワー』の麓にあるとうふ会席料理のレストランには、その立地からはまったく想像できないような、これ以上ないほど手入れの行き届いた日本庭園があります。個室中心で大小あるすべての客室では、さまざまに特徴づけられた景色を眺めながら、四季折々の料理をいただくことができます。
聞き手・構成|圓谷真唯
山口
『小石川後楽園』と『浜離宮恩賜庭園』へ行ったあと、『とうふ屋うかい』を訪れました。基本的には指定名勝などの日本庭園を中心に据えようと考えていましたが、都内でほかに日本庭園と現代建築が借景関係になっている場所を考えたときに思い出しました。
ここは手入れが行き届いた素晴らしい庭園なのですが、2005年オープンなので新しい場所です。もともとボーリング場だったところにゼロから庭園をつくったことや、地面が岩盤で掘削作業が難しかったことなどを、先の代表取締役社長だった大工原正伸さんから伺ったことがありました。東京タワーの足元の敷地に展開する大小ある建物で、それぞれの客室を特徴づけるように日本庭園が構成されています。
撮影初期となると「隣り合うマチエール」を意識する前ですよね。
山口 そうですね。東京タワーを借景にした庭園という意識が強くて、まずはそれを写真に収めたい、という気持ちがありました。でも実際には、「隣り合うマチエール」と言える素材と素材の組み合わせはたくさんありました。小石川後楽園や浜離宮恩賜庭園と比較すると、レストランという小さいスケール感ですが、だからこそ素材自体がよく見えてくると思います。結局、素材や細部も気になったので、そうした写真も公文さんに撮影してもらいましたが、当時は借景のほうに意識が向いてたと思います。
公文
東京タワーを借景にするつもりで現地に行ってみたんですが、東京タワーとの距離が近すぎて写真的には難しい場所でした。タワーの上まで写し込もうとすると、パースがかかって、そっちに目がいってしまうので避けました。ここはほかの日本庭園と比べるとコンパクトで、そのなかにさまざまな要素が凝縮されていることの方が興味深かったですね。小さな世界のなかに奥行きを感じられるのは見ていて気持ちよかった。
食事を楽しむためのそれぞれの家屋から見える景色がすべてコントロールされているんですよ。なので、借景としての東京タワーに加えて、気になる細部を撮影していましたね。東京の森の隙間から赤と白のシンボリックなものが見え、下部にはそれとかたちの似た行燈があることもおもしろいですよね。
庭園としては新しいということですが、建築などはほかの日本庭園に由来するのでしょうか?
山口
東山形県米沢から築200年の造り酒屋を移築していたり、ほかの建物も古材を使ったりしています。奥高尾にある系列店・いろり炭火焼料理『うかい鳥山』も素晴らしい環境ですが、そこも富山から大きな民家をまるごと移築しています。うかい鳥山の場合はそもそも山のなかにあり、借景というよりは、山深いどこかの里のようなイメージです。
特筆すべきは、ノイズがなく、信じがたい完成度の庭園ということです。例えば京都の料亭に行くと、庭園に余計な設備機器が見えたり、室内でも日本家屋と関係のない消防機器等が、さしたる配慮もされずに天井に設置されていたりして、そういうノイズが目についてしまうんですよね。うかいの両店舗は、そういったものを極力目立たないようにする工夫がなされています。
早朝、とうふ屋うかいで撮影したときに見たのは、15人ほどの方々が落ち葉や雑草などの手入れをしている光景でした。その結果、最良の空間が保持されている。東京タワーの足元で、そんなことが毎日行われていることに感動しました。
東京タワーという大きな建造物を借景としていますが、小石川後楽園と東京ドームの写真を見て感じたインパクトとは異なるものだったのでしょうか? スカイツリーの見える『向島百花園 』ではうまくいかなかったと話していましたが、違いは何ですか?
山口
東京タワーは高くて大きいですが、現在では細いとも言える鉄骨の一つひとつがつながってできていて、鉄骨からスケールが大体わかるんです。瓦が1枚あれば、屋根の大きさが無意識に実感できるのと同じだと思います。そういう意味では、小石川後楽園で見た東京ドームにはスケールを図り知る手がかりがないんです。「抽象的で白くて、大きなよくわからない塊」というスケール感がインパクトにつながって、異彩を放っているのだと思います。
向島百花園に行ったのはとうふ屋うかいのあとですね。『東京スカイツリー』に使われている鉄骨は身体的かつ日常的なスケール感を遥かに超えているので、東京ドームと同じスケール感の欠如がありそうですが、デザインされすぎていて、借景として捉えるのは難しい。東京タワーは鉄骨という素材が集まっているだけとも言えて、それが借景として成立するように感じられる理由かもしれません。
2021年10月27日