ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)

京都 無鄰菴

無鄰菴は明治・大正期の政治家 山縣有朋の別荘としてつくられました。もともと、無鄰菴のある一帯は近くにある南禅寺の広大な境内の一部でした。しかし明治初期の廃仏毀釈によって境内の縮小をする際に、別荘地として開発され、南禅寺界隈別荘と呼ばれる15邸ほどの別荘群となりました。無鄰菴はその別荘のなかでも最初期に建てられ、庭師・7代目小川治兵衛によって作庭され、高い評価を得ました。その後に続く多くの別荘も小川治兵衛によって作庭されています。国指定名勝です。

無鄰菴はどんな庭園なのでしょうか。

山口
無鄰菴は京都にある、日本庭園では広く知られた借景庭園で、庭師・7代目小川治兵衛が作庭したものです。小川治兵衛は庭園の中に小川を引き入れたことで、近代日本庭園の礎をつくった人です。
それまで、大名庭園など日本庭園にある大きな池は、海をモチーフにしているもので、基本的には鑑賞するものでした。それにたいして、山縣有朋のための作庭を頼まれた小川治兵衛は、池を中心にするのではなく、小さな川の流れを庭に取り入れました。琵琶湖疏水の流れを庭に引き込み、蛇行させ、また別の庭へと流れていくすごく小さな川です。その周囲を歩くことで、鑑賞するのではなく、経験することを前提にしています。そのような庭園を南禅寺周辺にいくつも手掛けました。

無鄰菴には借景ではなく、小川を見に行かれたのでしょうか。

山口
さりげなく木々の樹冠をパースがつくように剪定し、その向こうに見える東山が借景になっています。庭園の奥、つまり東山の方から手前に向かって小川が流れています。敷地は平坦のようにも見えますが、実は人工的に高低差をつけて、敷地の奥側が盛り上げて高くしてあるんですよ。それで奥行きも出ますし、水も流れるようになっています。木々の稜線で描かれるパースと、川で感じられる奥行きから、やはり借景が中心になっているんですよね。

公文
この辺りの土地は平面なのに、無鄰菴は立体的に見えるんですよ。東山が意外と遠いんですが、視線が誘導される感覚は面白いですよね。借景が中心となっていない場所も、建物と森、川、道と全体が一体となっていて、とても居心地がよかったです。小さい川だけど、どこか大きい世界にいるような気分になります。ミニチュアじゃないけど、世界が凝縮されている気がしましたね。

山口
居心地良く感じるのは、デザインの意図があまり見えないようになっている空間がうまくコントロールされているからだと思うんです。東山の借景がメインである一方で、自然がミクロに高密度で再現されているところが実は見ていて楽しいところです。

ここに限らず、小川治兵衛の庭園は政治家や財閥などのためのものが多く、禅宗に多くみられるような精神世界に通じるような抽象性が薄れて、リラックスできる空間になっていると感じます。借景を眺める視点場は歌を詠んだりするところで、そこ以外の場所に、歩きながら時に立ち止まって、心地良くなるような素材の組み合わせが、この庭園にはたくさんあります。