ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)
京都 東山慈照寺
『銀閣寺』として知られる『東山慈照寺』は、1482年に8代将軍・足利義政が開いた山荘です。入口は周囲が見えない細く高い通路、そこを抜けるとメインの池と砂山が広がり、さらに上に登るとそれらを見渡す、という具合にゾーンごとに空間の明快な特徴があります。庭園には、白砂を中国の西湖のかたちに盛り上げた銀沙灘(ぎんしゃだん)や向月台(こうげつだい)があり、月の光を反射して寺院を照らします。国の特別名勝に指定され、世界文化遺産にも認定されています。
聞き手・構成|圓谷真唯
山口 実は、初めはあまり期待していなかったんですよ。行ったら何かあるかもしれないなといった程度で。僕が経済学部にいた二十歳頃に一度行ったことがあったのですが、そのとき何もおもしろいと思えなかったからです。あらためて行ってみると、もちろん当時とは見え方が変わりました。公文さんが撮影で提示してくれた見方がなかなか衝撃的で。
普通、借景は奥にあるのですが、向月台という山が手前にあることで借景になっているように見えたんですね。銀閣寺は向月台こそが庭の中心なのではないかと直感的に思いました。向月台という人工的なものが常に視線のなかに入ってきて、それに対しての周りの庭樹が関係を結んでいて、その状態を切り取った写真になっていた。銀閣寺のおもしろさは、向月台とその周りとの関係であることに気づかされましたね。
奥にあるはずのものが一番手前にある、不思議な借景関係ですね。
山口 これは向月台の周りですが、同じ砂なのに異なるテクスチャーが見えます。『桂離宮』の竹の生垣と同じことがなされているわけです。隣り合うというか、これは砂自身でマチエールをつくっている。ディテールを切り取ることで差異が見えてくるのは、写真ならではですね。
公文 最初は「これありなの?」と思いましたよ。これまでの借景と違って、主張が強すぎますよね。だけど考えてみれば、主張は強いのに、これが何のためにあるのかは不明というのが禅問答みたいだなと。庭の中心にあって、ずっと視界に入ってくるものの確かな目的や機能がわからないというのはおもしろいなと思いました。だから、これはあえてこうやって撮ったほうがいいと思ったんですよ。全部入れこむような説明的な画面構成よりも、さまざまな要素を省いていくいことで異物であることが際立つ。このときの光もよかったですね。
山口 目的をもってつくられているように見えない、という文脈に即して言うなれば、これが一体何なのかを知ったからといって、自分にとっての見方は変わらないと思うんですよ。むしろこれがあることによって風景がどのように特別に見えるかに価値があるし、それを楽しめばいいでしょう。由来を知ったからって見えてくる風景が変わるわけではないし、どういうものか知ってしまったらつまらなくなる場合もある。それを許容できるのが日本庭園だと思うんです。公文さんは写真家として、現実的に「この角度からでは月は見えない」と検証していましたが、僕の場合は実際どうかよりも、そうかもしれない、ぐらいの感覚でいましたね。
公文 現地で山口さんに質問したんですよね。「これにはどんな意味があるんですかね?」って。「そんなのどうでもいいんですよ」と言われて、なるほどと思ったんです。目的や時代背景よりも、時代ごとにどのように見えていて、その場で自分はどう見るかという方が大切なのだと気づきました。
2021年10月27日